2015/02/19

しばらくお休みします。

☆閲覧注意☆

世の中には、本当に色んな人がいます。

僕の体験談です。

みなさんも気をつけてください。



某ブログを知ったきっかけは、お世話になってるバイク屋さんがオススメしていたからです。



僕はその某ブログでいわれのない誹謗中傷をされてました。

その某ブログの作者は数年前からの知人でした。

その某ブログの作者は、アクセスする人のIPアドレス、生ログを監視をしていました。

誰が何日の何時何分にどの記事にアクセスしてきたか記録していました。

後に、作者はそのことをブログで公表してました。


僕のこのブログでは、そのようなことはしていません。

訪問者のカウンターも設置していません。


以前から監視されてる事を知っていた僕は、名無しのコメントをしたり匿名を変えてました。

僕が自分の匿名をいちいち覚えてなかったこともあります。

それが気に入らなかったらしく、

後に匿名のコメント欄なのに

「誰がコメントしたか分かる名前にして下さい」と意味の分からない要求をされました。

作者は少しでも自分の意にそぐわないコメントをした者は許せなかったらしく、

ブログで僕を誹謗中傷してました。

その某ブログに僕が最初にコメントした頃に、

作者は実際に会おうとメッセージをしてきました。、

そしてバイクのツーリングに誘われました。

あまりにしつこかったので、渋々とツーリングに参加しました。

その時に、しつこく誘った甲斐があったと言われました。

後のブログで作者は出会った当初から僕に違和感を覚えてたと白状してました。

僕を数年前から嫌っていたことを白状しました。

本当に驚きました。

出会った当初から嫌われてたとは知るよしもありませんでしたから。

作者はその後も何回もツーリングに誘ってきました。

LINEのグループを勧めてきて参加させられました。

そんなことが少し前まで続いてました。

信じられません。嫌いな人を数年もしつこく遊びに誘うのでしょうか?



僕から作者を誘ったことは一度もありません。

理由は、ブログでの作者と実際に会った作者のイメージが違いすぎたからです。

しかし、しつこく誘われて何回も会ってしまいました。

本当に後悔してます。

実際の知り合いということで気を許してしまった僕は、

某ブログへのコメントもラフな感じになっていたのかもしれません。

それが気に入らなかったようです。

その某ブログのテーマが絶望からの脱却?でした。

他人のブログを批判したり、作者が勤めてる会社を批判したり、

危険な投稿が増えてきた頃に恐怖を覚えた僕は、自分から付き合いをやめました。

作者とはLINE以外のSNSでも繋がっていました。

僕がSNSに精神的に病んでたと投稿した記事を引用して、

今も病気が治ってないので治療を続けろ、他の病院に通えと誹謗中傷されました。

***僕の病気は男性の更年期障害で精神的な病気ではなかったことが判明しました。
おかしいと思いました。うつ病の人がこんなに明るいわけないらしいです。男性に更年期障害があるとは知りませんでした。まじで死ぬほどつらかったです。***


僕の家族、子供がこの記事を読んだら泣いてしまうと思いました。

苦しんでた僕を知っている家族には屈辱だと思います。

あまりにも酷い誹謗中傷に僕は、

秋葉原の無差別殺人事件を連想しました。

家族や僕の身の危険を感じました。

某ブログの作者に、僕の心境を語る抗議文を送りました。

作者はブログに自分の非を全面的に認める謝罪文を載せ、ブログを閉鎖しました。

しかし油断は出来ないと思っています。

僕のSNSは全部お休みしました。

僕のこのブログもしばらくお休みします。







追記

手軽に人と繋がれるネットには問題があると思いました。

SNSは便利ですが、やはり人とは実際に会って話しをするべきだと思いました。

SNSやブログで面白く魅力的な投稿をしている人が、

実際に会ったら魅力的な人とは限りません。

僕がSNSに僕自身が実際に話している動画の投稿をした理由もそこにあります。

人とのめぐりあわせの縁は、必然的なもので決して偶然ではないと思います。

SNSやネットはそれをすっとばしてると思います。無理矢理に人と出会う喜びを演出してます。

自分が知らないうちにSNSで犯罪者と繋がってたってこともあると思います。



やっぱり....

僕は顔文字の笑顔より、実際の友達の笑顔が見たいと強くおもいました。

ではまたね♡

2015/02/16

ついでに

ブログもヤメるか?!


ま、言えることは、 足跡を消して冒険の旅に出ようってこと。 寺山修司の書を捨て街に出ようって感じで。 SNSを捨て旅に出よう。 でも宣伝告知には利用するとゆーてね。

2015・2・15 カフェRUN



寒すぎた。

鼻水たらり。。。

花粉も。。。

おつかれニャンでした。。。

2015/02/15

『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』 

フェイスブック、ツイッター、マイスペースは新しい公共空間であるだけではない。それらは多くの場合、ティーンが簡単に大人数で集うことのできる、唯一「公共」の空間なのだ。

・ティーンの多くは、彼らは「デジタルネイティヴ」だという言説から想像されるデジタルの達人とはほど遠い。

・ティーンの多くはデジタルネイティヴというより、デジタルナイーヴ(世間知らず)だ。

・サービスの数々は、生き残るかもしれないし生き残らないかもしれない。しかし、社会関係をナビゲートし、非同期にコミュニケートし、オンラインの情報をサーチする技術は残り続ける。

・何かが広く公的にアクセス可能であっても、それが自分に向けられたものとは限らないということを理解し損なう人々は常にいる。

・フェイスブックで友達と話しているときやステータスを更新するときに嫌なのは、おまえに言ってないって人がコメントしてくること。

・問題となっているのは、誰かが聞くことが「できるか」否かではなく、聞く「べきか」否かなのだ。

・ツイッター、タンブラー、インスタグラムのアーリーアダプターのティーンたちに、どうしてこれらのサービスのほうがフェイスブックより好きなのかを尋ねた。返ってくる答えはほとんど決まっていた。「うちの親はまだ知らないから」。

・プライバシーを守るために一部のティーンは親をはじめとする大人たちを避けて、新しいサイトやアプリに移動するのだ。

・情報をシェアするにあたって、これは広く発表されるだけの意味があるだろうかと自問するのではなく、この情報は特別な防御を必要とするほど内密のものか否かが問われるようになるのだ。

・多くの参加者は、広く行き渡った「初期値=パブリック、努力によってプライベート」の考え方を受け入れているのだ。

・見ようと思えば簡単に見ることができるのだが、まずそれを探そうとしなければ目には触れない。暗号専門家はこのあっさり見えるところにメッセージを隠すことをステガノグラフィーと呼ぶ。

・アカウントを消去するのではなく一時停止すればいい。もしそうすれば、彼女のプロフィールは消えるが、いつでもログインして再開し、プロフィールを復活させることができる。アカウントの無効化と有効化を繰り返すことによって、彼女はフェイスブックをリアルタイムのツールにした。彼女がログインしている間に見に来た人は彼女のプロフィールを見つけることができるが、彼女がネットを離れている間に検索するとみつからない。

・すべての親および保護者が子供のあらゆる行動をコントロールしようとしているわけではないが、すべてを知っているのが「良い」親だと信じている者は多い。

・彼らが関心を寄せているのが、コンピュータやスマホ、もしくは特定のSNSサイトですらなく、お互いのことだということだ。

・ほとんどのティーンはソーシャルメディア中毒ではない。もし中毒だとしたら、それは友達同士お互いに中毒になっているのだ。

・フレネミーとは、友達だが、狂騒、嫉妬、疑念に直面したときには敵となる人のことだ。

・いじめには3つの構成要素がみられるとした。攻撃性、反復性、力の不均衡である。

・いじめは肉体的ないしは社会的な力を持つ誰かが、別の誰かを繰り返し心理的、肉体的、社会的攻撃に晒す行為として捉えられる。

・ティーンは自分たちと他の人々の間に線を引くためにゴシップを利用し、多くの場合、誰か他の人の悪口を言うことで自分たちを人気者に見せようとする。

・ティーンは「アテンションホア(かまってちゃん)」となって仲間を欺くかもしれないが、注目が(世間でそう見られている通りに)価値あるものとなり得ることを、彼らは理解している。

・自分はウィキペディアを使わないと誇らしげに声をあげた。なぜかと聞かれて彼女は説明した。「あれは本当じゃないって聞いたから。何か、本当のことを探すときは、たいていグーグルを使うわ」。

・トーク欄や変更履歴について知っていたのは、誰もいないに等しかった。ウィキペディアを人々がいかに知識を生み出すかを見ることができる進化する記録として考えるよう彼らに教える人は誰もいなかったのだ。

・インターネットは私たちの社会が反射したものであり、その鏡は私たちが目にするものを映し出す。私たちが鏡の中に見えるものが気に入らないとしたら、鏡を修理するのではなく、社会を修理しなければならない。

・セレブリティは人が商品に変わるプロセスと捉えることができる。


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794220871/utb-22/ref=nosim

http://gnxshop.blog.so-net.ne.jp/2015-02-15

VIBESさんの700万円のトライク♪

ハーレー専門雑誌のVIBESさんのトライクに遭遇。

http://mackiescustomcycles.com/ 

愛知県岡崎市のマッキーズさんに、お邪魔させていただきましたー!!




IHGさまの CLUB RUNに参加させていただきました。

http://987mc.blog35.fc2.com/

ハーレー専門雑誌のVIBESさんの営業部の方に写真を撮ってもらいました。

載せてくれるといいな~♪

☆バーナード中村さんの◯得日記☆

http://www.vibes-web.com/bernard/sfs6_diary/

http://www.vibes-web.com/index2.html

2015/02/11

盗んでないバイクで走り出す。


















Facebookもinstagramもお休みします。

もー普通の投稿はヤメると思います。

創作活動の妨げかな?疲れたのかな?

言い訳かな?

音楽とバイクと仕事をボチボチ。

ありがとうございました。

いまどき?ブログなんて誰も見てないと思うけど。

今後はブログでいろいろ報告します。

よろしく。

誰も見てないと思うけど。

見てないからいいのかな?








2015/02/09

2年通い続けてくれた決して買わないお客さんー加藤 いさお


http://www.cuv.jp/

もう2年くらい経つだろうか?

1人の男性がうちに通うようになって
なにしろ
一度も購入していただい事が無い

週末になると入店して

店内を巡り

商品を手に取り

1人で「なるほどな」と満足されて

最後は「ありがとう」と言って帰って行かれる

最初の頃は

「??」となっていたが

いつか絶対買ってもらおうと

なんだかわからないが私の「ナニカ」に火が着いた笑

話はちと脱線しますが

「よろしければご試着してみてください」
そんな言葉言い飽きた笑

おそらく言い飽きた現場人が居るという事は

お客さんは「聞き飽きている」だろふ笑

服っちゅうのはおもろいもんで

これ着て何処いこ?

と考えるだけで

モチベーション上がりません?

わたしゃ「思い入れ」という得体の知れない物体も

一緒に購入してもらう

そう
その方の
ライフスタイルを探り

それなら

「こんなん着て行ってはどうですか?」

これ魔法の言霊で
消費者の方の

想像が一気に膨らむ

これ着てあそこも行きたい

結婚式近々あったなあ そこで着よかetc・・・・・・


そこで「一回羽織ってみてください」が初めて成立する

ファーストアプローチで「お手に取ってごらんください」
言われんでも興味あったら手に取るわい
これ消費者側の気持ちになって考えたら
私の結論こうなった笑

①ご試着してみてください
②いかがですか?
③このサイズでバッチグーです
④ありがとうございました

はいこれじゃリピート率ガクンと下がりますわな
これが私がよく使う
目先の売り上げなのです

こいつが厄介で
その日は売り手はハッピーだが
一か月後買ってくれた方がまた店に戻ってくるか?

そりゃよっぽど欲しいものがあれば来てくれるでしょう
でも同じものがネットで安く売っていたら?

私ら現場人の事などそっちのけで

マウスの左ボタンをクリックするでしょう

数日後手元に商品が郵送されてくるでしょう・・・・・・

だって互いに信頼関係ゼロな接客でしたもんね

「かとちゃ~~んこの前の服良かったわ」
「でしょ?イキッテきました?」

これこそ信頼関係ある証拠ですよね笑


それが我々現場人の強みなのですから
それをフルにいかさなあかんと思うのです

話は戻り

その男性とはほぼ

服の事についての会話はしなかった

ただ 日常会話はずっとしていた

「どうせ買わんやろ」
これアマチュアが陥りやすい魔のループ笑

買ってくれなくても

こんな入りにくい店に来てくれる理由はなんなのさ?と
考えるのさ

でも答えなんて有馬温泉(ありません)
来たいから来る
着たいから着る
期待から来る
理屈じゃねえんですな!

image


そしたら

先日

「今日おにいさんからスーツ作りたいんです、ハインリッヒも買います」

「え~~~~~~~~っ??」

「ずっとヒヤカシなのに一回も嫌な顔もされず
気さくに話してくださって本当にありがとう
僕は裕福ではないので
ずっとお兄さんから買いたいと思って
たんですがキッカケがなかなか無くて
4月に結婚式あるんで
そのタイミングに・・・・・・」
「そうだったんですか・・・・・」
「ここの店なんか落ち着くんですよ」
・・・・・・・・
感無量である
この仕事してて良かったと一億%思える瞬間である
2年も通ってくださって本当に感謝です!

人には見えない触覚がある
態度にだしてなくても

「うわ、こいつ怒ってる」と勘が働く事ありますよね?

現場もそう「どうせ買わんやろ」
これ
必ずお客さんに伝わってますよ

気つけるんやでい笑

「これ着てドコイコ」

そう思ってもらわねば

ネットに負けるぞ笑




http://s.ameblo.jp/cera-una/entry-11986869552.html

人生の最期の日の未来のあなたより

【人生の最期の日の未来のあなたより】

どうも。

僕はあなただ。

理想の人生を生きた

人生最後の日のあなただよ。

人生は短い。

あっという間だった。

生まれてから、

今日までのことを考えてごらん。

長いようであっという間だっただろ?

同じように、今日から、

人生の最後の日までもあっという間なんだ。

やりたいことはすべてやるがいい。

人間は、死ぬ間際、

やったことに後悔する人は少ないものだ。

やらなかったことに後悔する。

チャップリンがいったとおりだよ。

In the end,everything is a gag.

つらかったことも、最後には全部ギャグになる。

ボブマーリーが歌ったとおりだよ。

Everything’s gonna be alright.

すべてだいじょうぶだから。

やってみたいことはやってみるがいい。

なにもかもだいじょうぶだから。

人生最後の日を迎える私から見ると、

うまくいったかどうかなんて、

どうでもよかったんだとわかる。

人生最後の日から見ると、

すべての出来事は

夢の中の思い出になるんだ。

ほんとうに大切なのは、ハートをひらくこと、

自分に素直になること。

いまの自分の気持ちに

ちゃんと寄り添ってあげるんだ。

「ほんとは、どうしたいの?」って。

それが、未来の私から

あなたに一番伝えたいことだ。

人生は文字どおり旅なんだ。

旅に成功も失敗もあるか。

そして、旅には、

やらなければいけないこともなにもない。

歯を磨く、それくらいのもんだ。

だいじょうぶ。

子どもの頃の気持ちを思い出してごらん。

そう。その気持ちだ。

家の扉をあけたとたんに、

走り出していたあの頃のあなた。

私は、私の人生を選んで

ほんとうによかった。

人生最後の日、私はいま幸せだ。

いま、心からそう思えるのは

あなたのおかげだよ。

いまのあなたが、たくさん、たくさん、

悩んでくれたからだ。

いまのあなたが、たくさん、たくさん

傷ついてくれたからだ。

そして、いまのあなたが勇気を出して

一歩踏み出してくれたからだ。

すばらしい人生だった。

心からありがとう。

生きるって素晴らしい。


疫病が猛威を振るうようになると、終末が近づいているという、頭のおかしい狂信者の予言を信じる者が増えてきた。大きな災害が起きると、軽々しく人の言うことを信じたりだまされたりする人が激増するのが世の常である。ー「狂気とバブル」、チャールズ・マッケイ

http://www.amazon.co.jp/%E7%8B%82%E6%B0%97%E3%81%A8%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E2%80%95%E3%81%AA%E3%81%9C%E4%BA%BA%E3%81%AF%E9%9B%86%E5%9B%A3%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%A8%E6%84%9A%E8%A1%8C%E3%81%AB%E8%B5%B0%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%B1%E3%82%A4/dp/4775970372

2015/02/08

人間的な誇りは「断る」ことから生まれる。ー 「みんなと仲良くしなければいけない」というのは大嘘で、どれだけ自分を楽しませられるかの勝負だ。

f:id:ibaya:20150208105209j:plain

福岡県の津屋崎の海が綺麗だった。現在の私は「家のない生活」を送りながら、全国各地で開催されるトークイベントに出演する日々を送っている。必然的に様々な人と出会い、人間である限り誰もが似たようなことに悩み、似たようなことに思いを馳せているのだということを実感するようになった。世界は広く、自分とはまるで違う世界を生きている人たちの存在は、自分の人生の幅を広げてくれる。


私は家がない為に、頻繁に「初対面の人たちの家」に泊めてもらうことがある。自分が出演するトークイベントなどでは、質疑応答の際に「他人の家に泊まるのがストレスになることはありませんか?」と尋ねられる。私の答えは「もちろん!(YES!)」であり、自分と気の合う人もいれば、まったく気の合わない人もいて、誰とでも仲良く愛想良くやれる要素が私には無いので、自分とは相性の悪い人たちと長い時間を一緒に過ごす羽目になった時は、まるで「地獄のような時間」になる。

「そんな時はどうするのですか?」と尋ねられるが、私の答えは「帰る」であり、自分自身がその場を離れるようにしている。もちろん、最初から「嫌だと思うことには嫌だと言う」ことが出来た訳ではない。「私を泊めてくれる」という相手の好意に対して「ここに泊まるのは不快だから帰ります」と告げるのは、非常に失礼な行為にあたるのではないかと思っていた。だからこそ、本音の所では帰りたくても「帰りたい」と言葉にすることが出来なかった。

しかし、去年の12月頃に「どうしても帰りたい」と思った瞬間があり、家主の方に「すみませんが帰りたいので帰ります」とはじめて告げたら、あっけなくその場を離れることが出来た。私は「そんなことを言ったら相手が怒るかもしれない」などと妄想していたが、相手は拍子が抜けたような表情を浮かべただけで、「あら、そうなの?」みたいな感じで私の要望を受け入れてくれた。そして、私はその場を離れることに成功し、その日はひとりで近くの漫画喫茶で自腹を切って宿泊した。

この時の爽快感は新鮮だった。「帰りたいなら『帰りたい』と言っていいのだ」という当たり前の発見は、私にふたつの感覚を与えてくれた。それが「自由」と「誇り」であり、私は「自分が泊めてもらう(助けてもらう)側の人間であろうとも、自分がそれを必要としていないのであれば、自分自身にも拒否権はあるのだ」ということを知った。これが自由だ。そして、今までの私は「せっかく泊めてもらうのに、帰りたいなんていうのは失礼なことだ」と考えていた自分の思考を改めることに決めた。

「みんなと仲良くしなければいけない」というのは大嘘で、苦手な相手に媚びる日々を送っていると、徐々に自尊心が消え失せてしまう。「自分は他人の助けがなければ生きていけない(自分が苦手な相手にも、ちゃんと好かれるように生きなければいけない)」という認識のもとでは、いつの間にか自分自身を低い存在に成り下げてしまう。私は、私の意思を主張した時に、はじめて「(自分は「泊めてもらう」という弱い立場の人間ではなく)相手と対等な状態にあるのだ」と実感することが出来た。これが「誇り」だ。自分は「誰かの助けがなければ生きていけない弱い立場の人間」ではなく、「やりたくないと思ったものに対して、はっきりと拒否権を行使することが出来る存在なのだ」と実感した。

自分が嫌だと思うことには、はっきりと嫌だと言う。同じように、自分が好きだと思うことに対しては、周囲の人間が何と言おうが「自分はこれが好きだ」と宣言する。たったそれだけのことで、人間は清々しく生きることができる。問題なのは「みんなと仲良くしなければいけない」という空気感に縛られて、本当はやりたくないことをやり続ける日々を送ったり、嫌いな相手に媚びる日々を続けてしまった結果、自分の中から「誇り」と呼べる部分がいつの間にか消えてなくなってしまうことである。

私は、人間の本質は「不真面目」で「自己中心的」で「誰かに命令されるのは大嫌い(嫌なことをやらされるのは大嫌い)」なものだと思っている。自分が嫌だと思うことを、自分の感情を押し殺してまで続けた先に、人類全体の(何よりも自分自身の)幸福が待っているとも思えない。



人間の誇りは「断る」ことから生まれる。周囲の空気を読むことよりも、誰かに好かれようとすることよりも、ずっと優先するべき大切な事柄がある。それが「自分の人生を生きる」ことであり、「自分自身を幸福にすること」ではないだろうかと思っている。自分自身を楽しませ続けた結果、自分と同じ価値観を共にする人間と出会い、一緒に遊び、同じ時間を共有する。嫌いな人間にエネルギーを注ぐことよりも、自分の人生を充実させることにエネルギーを注いだ方が圧倒的に有意義だ。

誰もが自分の人生を生きることが出来れば、他人の生き方にああだこうだという人も減るだろう。出る杭が打たれるのは「それだけ自分を抑圧して生きている人たちが大量にいる」ことの裏返しであり、多くの人たちが「(他人の人生をああだこうだと言うのではなく)自分の人生を生きる」ことに集中すれば、無駄な気遣いにエネルギーを削がれることも減少する。自分の人生に余計なものは断ろう。

人生は続く。

坂爪圭吾 KeigoSakatsume《ibaya》
TEL:07055527106 or 08037252314
LINE:ibaya  keigosakatsume@gmail.com


http://ibaya.hatenablog.com/entry/2015/02/08/120132

ガンが死滅する39・3℃の熱を光や音の周波数に変換出来ると奇跡が起こせる!


ガンが死滅する39・3℃の熱を
光や音の周波数に変換出来ると奇跡が起こせる!



るいネットさんのサイトより
(動画は、当ブログ管理人が追加しました)

ガンは光で簡単に殺すことができた!http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=300231&g=132203

医療従事者でも、その名を知っている人は、
少ないのではないでしょうか。
ロイヤル・レイモンド・ライフ博士。
これほど、医療において革命的な発明・発見をした人物は
いないと言っても過言ではありません。
ライフ博士の偉業を、誰にでもわかるように簡潔に言って
しまえば、 人々を苦しめる、あらゆる種類の病気を、
完全に治療する方法を、約 80 年も前に見つけた人物です。
果たしてそんなことが可能でしょうか。
とても信じられませんね。
残念なことに、病気で死んでいく人は後を絶ちません。
ライフ博士の魅力的な治療が本物であるならば、
先進治療として、スタンダードになっていいはずです。
誰もが抱く疑問の答えは、医療の正史には決して出てこない、
抹殺された天才の壮絶な人生が物語っています。
隠され続けた発明と、ライフ博士の生涯を振り返って
みることにしましょう。
-------------------------------------------------------------


[ガンを殺す技術]
ライフ博士は、すべての物質と同様に、目には見えない
レベルでウイルスもそれ独自の振動数で、
振動していることに着目しました。
そして、そのウイルスと共振する周波数の光を照射して、
ウイルスをさらに振動させました。
微生物がその構造的な形を維持するのに耐えきれなくなる
まで照射レベルをさらに上げてやると、ウイルスの形は歪み、
崩壊してしまうのです。
ライフ博士は、この周波数を
「致死反応振動数(MOR)」とよびました。
そして、 この「致死反応振動数(MOR)」の光は、
ウイルス以外の周りの正常な細胞には、
いっさい害を与えないのです。
また、 電気を使用した治療法なので、
実質的にわずかな電気代しかかからないため、
治療費もたいへん安いものでした。
脱毛などの副作用に苦しんだりすることもなく、
患者は、すみやかに治療されて、
無事に家族の元にもどれるのです。
抗がん剤を用いた化学療法や放射線療法や外科手術のように
命を危険にさらす必要もありません。
この治療法の仕組みは、ワイングラスをある特定の音波で、
破壊できることに似ています。
目には見えませんが、ワイングラスの分子は、すでにいつも
特有の音(その音波のいくつかの高調波と同じ振動数)で
振動しています。その音と共鳴しているのです。
全てのものは、その物質個有の振動数で振動しているので、
その音波で破壊されるのは、そのワイングラスだけです。
まさにありとあらゆる全てものは、他とは異なるそれ固有の
共鳴振動数を有しており、それこそありとあらゆる周波数が
存在しているのです。


ワイン
ワイングラスを音で割る(共鳴実験) 


この技術を完成させるのにライフ博士は、
ヘルペスや小児麻痺、脊髄膜炎、破傷風、インフルエンザなど
を含む数多くの危険なウイルスなどの病原菌を破壊する特定の
周波数を発見するために一度に丸二日( 48 時間)通しで働く
という生活を長年行っていました。
[著名な博士たちとの共同研究]
1929 年、
「ライフ博士が開発した顕微鏡でウイルスの生態の観察に成功した」
という新聞記事が出ると、アーサー・ケンダル博士が友人の
ミルバンク・ジョンソン博士にライフ研究所を訪問して、
本当か確認してくるよう依頼しました。
依頼の通り研究所を訪問した、ミルバンク・ジョンソン博士は、
ライフ博士の先進的な研究に興味を持ち、協力者となりました。
また、アーサー・ケンダル博士も、ウイルスを培養して、
生きたまま観察できる培養液(K- medium) を開発し、
ライフ博士と共同研究をはじめました。
そして、 1931 年 11 月 20 日には、ミルバンク・ジョンソン
博士による晩餐会が催され、米国内で最も尊敬される医学界の
権威である 44 人が、ライフ博士とアーサー・ケンダル博士の
共同研究の功績を祝いました。
1934 年、南カリフォルニア大学は、特別医療研究委員会を
設立して、ミルバンク・ジョンソン博士のパサデナ郡立病院の
末期がん患者を対象にライフ博士の研究所でがん治療実験を
実施しました。
その研究チームには医者や病理学者が加わり、
患者の診察を行いました。
3 カ月の診療の後、委員会は 86.5 %の末期がん患者が
完全に治癒したと報告したのです。
さらに治療は継続され、残りの 13.5 %の患者も
4 週間後にはこの治療によって完治してしまいました。
ライフ博士の技術による治癒率は何と 100 %だったのです。
現代の最先端治療でさえ、がんの平均治癒率は、
15 ~ 30 %と言われていますから、この数値が、
どれほど驚くべきものかおわかりになるでしょう。
[悲劇のはじまり]
悲劇の兆候は、
まずライフ博士を買収することから始まりました。
1934 年 には、米国医師会の株式をすべて所有していた
モーリス・フィッシュベイン氏が、弁護士をよこして、
ライフ博士の治療法の独占権を渡すよう要求しました。
しかし、ライフ博士は、それを断ったのです。
まず、ライフ博士の研究所からフィルムや写真や研究書類の
多くが盗まれました。
しかし、容疑者が逮捕されることはありませんでした。
そして、ライフ博士の研究を立証するため、何億円もかけて
設立されたニュージャージー州のバーネット研究所が放火
されたのです。
これによって 、ライフ博士も窮地に立たされました。
というのは、コンピューターがなかった時代にこれらの
データを復元することは大変なことだからです。
さらに、ライフ博士の貴重な顕微鏡は何者かによって、
破壊され、 5682 もの部品が盗まれました。
そして、最後にとどめを刺したのは、
警察による令状なしの捜索と違法な没収です。
これにより、 50 年に渡るライフ博士の研究の残骸も
すべて処分されてしまったのです。
結論として、ライフ博士の生涯をかけた研究と大発見は
無視され、潰されただけでなく、おそらくは、ライフ博士と
ともに埋もれてしまったものと思われます。
ライフ博士の最後の 3 分の 1 の人生は、
アルコールに溺れたものでありました。
無駄になった 50 年の研究生活からくる精神的な痛み、
またすべてを鋭敏に知覚できる意識は、膨大な利益を
手にする少数の既得権益者たちの傍らで、
無為に苦しむ何百万もの人々を、酒の力なしで、
忘れることはできなかったのでしょう。
1971 年、ライフ博士は、バリウム(精神安定剤)と
アルコールの過剰摂取により帰らぬ人となりました。
83 歳でした。
ライフ博士は、自身の発明した治療器の特殊な光の照射を
浴び続けていたため、アルコールの乱用にもかかわらず、
これほど長生きできたといわれています。


ロイヤル・レイモンド・ライフ博士の周波数リスト
<引用終わり>
---------------------------------------------


管理人

音の周波数、光の周波数、赤外線の周波数、電磁波の周波数
紫外線の周波数と・・・様々なものがありますが、
その究極的な本質は一つのものであると聞いたことがあります。
その一つのものから様々に形を変えて派生しているだけであると・・・
ヘビなどの視界は熱からでる赤外線でものを見る世界です。
蝶は紫外線でものを見る世界です。
人の目では、蝶の雄と雌は区別出来ませんが、蝶たちは、
雄と雌をはっきり判別出来るというのは常識になっています。
皆さんも記憶されていると思いますが、
過去記事にもそのヒントがありました。
◎⇒ 「ガン細胞は39.3度以上で死滅する!」http://ameblo.jp/64152966/entry-11738869196.html
一部引用
ガン細胞は35・0℃で一番増殖し、
39・3℃以上になると死滅することがわかっている・・・
世界ではじめて発表されたガンの自然治癒例によれば、

ガンに罹患(りかん)後、自然治癒した人全員が、
丹毒(急性の皮膚細菌感染症40℃以上の発熱がある)や
肺炎にかかって発熱した人だった。

----------------


如何でしょう。
ライフ博士の学説とピタリと一致します。
つまり、39・3℃前後あたりにガン細胞の共振域があると
言い換えることも出来そうです。
ここでは、温度―赤外線の周波数に置き換えられるのでは
ないでしょうか。
ライフ博士は、これを光を使ってやろうとしました。
光の周波数と言い換えたほうが適切でしょうか。
ガン細胞を死滅させる赤外線の周波数を光の周波数に
変換出来たとしたら、ものすごいことになりますね。
長い時間、熱い思いをしなくても簡単にガンを死滅させることが
可能となります。
恐らく、ライフ博士は、これを実践していたと考えられます。
今日は、もしかしたら、ものすごい気づきを与えられたかも
しれません。
まさに、天からの啓示!
赤外線の周波数を光の周波数に変換出来ることは可能だと
ご存知の方は、是非、当ブログにお知らせ下さい。
ガンは恐ろしいものでもなんでも無くなってしまう!
これはすごいことですよ。
ガンには様々な原因がありますし、ガンそのものも、
良性があったり悪性のものがあると云われています。
ガンになるのは、先ず、原因がある訳です。
その原因によって体質が劣化して様々な病気を
発症することになります。
ガンはその悪化した体質から生まれて来るものです。
ですから、ガンだけを退治しても駄目です。
原因を遠ざけ、且つ、体質を改善していく努力が必要になって来ます。
同時に、生活習慣も変える必要があります。
肉食や糖分を控えるとかの・・・

その上、免疫力を高めることが出来たら言う事なしです。

http://s.ameblo.jp/lucky20000528/entry-11983137713.html

2015/02/05

2ne1 ugly live japan



ムリに明るく
笑ってみても
可愛くはなれないよ 
Oh oh oh oh×2 

目立ちたくて
歌ってみても
誰も聴いてくれないし
Oh oh oh oh×2 

世の中は不平等
生まれた時から
スタートラインが違うんだ

何もかもうまくいかなくて
イライラする 
素敵なあなたのようにいかないの

自己嫌悪、だから見つめないで
隠れたい、この世を抜け出したい
どうかしてるよ

I think I'm ugly
And nobody wants to love me
Just like her I wanna be pretty I wanna be pretty 
Don't lie to my face tellin'me I'm pretty

I think I'm ugly
And nobody wants to love me
Just like her I wanna be pretty I wanna be pretty 
Don't lie to my face cuz I know I'm ugly


ねぇ同情はごめんだよ
ひねくれた心があなたを恨んだりして

そっとして
私じゃ不釣り合い 
その上から目線な所がイヤに気に障るの

ほっといて何するか分からない
もうどこかに消えたい、こころ叫ぶ 
どうかしてるよ

I think I'm ugly
And nobody wants to love me
Just like her I wanna be pretty I wanna be pretty 
Don't lie to my face tellin' me I'm pretty

I think I'm ugly
And nobody wants to love me
Just like her I wanna be pretty I wanna be pretty 
Don't lie to my face cuz I know I'm ugly

All alone I'm all alone
All alone I'm all alone 
抱きしめてほしい
ホントは寂しい

All alone I'm all alone
All alone I'm all alone (I'm always all alone)
抱きしめてほしい
でもそんな人
そばにはいない

I think I'm ugly
And nobody wants to love me
Just like her I wanna be pretty I wanna be pretty 
Don't lie to my face tellin' me I'm pretty

I think I'm ugly
And nobody wants to love me
Just like her I wanna be pretty I wanna be pretty 
Don't lie to my face cuz I know I'm ugly