2013/12/31

競争は素晴らしいと単純に思っていたら、自殺に追いやられる

つまり、「条件」や「ルール」や「罰則」等を完全に撤廃して何でも自由に競争しろというのは、強者が弱者を「合法的に抹殺する」ための仕組みなのである。

強者が弱者を「合法的に抹殺する」ために考え出された仕組みとは何か。

それは「自由競争」という概念を取り入れることだ。

多くの人は「競争とは素晴らしいもの」「競争でお互いが成長する」「競争で優れた物や人が生き残る」と勘違いしているが、それは一方的な見方だ。

あなたもそう考えているのであれば、もしかしたら、あなたは誰かに洗脳されたのかもしれない。

あなたは、誰に何を言われても「競争は素晴らしい」と一方的に思ってはいけない。

競争が成り立つのは、一定の条件やルールが守られている時の話だ。もしその条件とルールが満たされていないと、どうなるのか。

ルールのない競争、すなわち自由競争は、強者が合法的に弱者を叩き殺す「殺戮ショー」になってしまうのである。しかし、世の中には「ルールを撤廃して自由に競争すべき」だという人も多い。


現実の社会は、スポーツとまったく違う世界


競争が競争として成り立つ条件を考えて欲しい。たとえば、スポーツの世界では、そのスポーツが成り立つために様々な条件やルールが課せられる。もちろん、反則も許されない。

なぜ、条件・ルール・罰則が決められるのかというと、それを決めないとスポーツにならないからだ。

たとえば、分かりやすく言えば、ボクシングは体重別に細かく階級が分かれている。それは、最も軽い階級と最も重い階級の人間が戦ったら、どう考えても重い階級の方が難なく勝ってしまうからだ。

たとえて言えば、幼児と大人がボクシングをしたら、幼児がどんなに天才的な才能を持っていたとしても、大人の一撃で叩きのめされてしまうだろう。場合によっては殺されてしまうかもしれない。それでは競争にならない。

あるいは、プロボクサーと素人が戦うことになって、素人が銃を持っていたとしたらどうだろうか。いくらプロボクサーでも撃ち殺されてしまう可能性が高い。それはスポーツと言わないだろう。

競争を成り立たせるために、条件があり、ルールがあり、罰則があり、フェアプレイの精神があって、やっと競争は成り立つ。

では、スポーツから現実社会に目を転じて欲しい。現実の社会はスポーツのようにしっかりと競争が成り立つようにできているのだろうか。

100億円の資産を持った人間と、100万円の貯金しかない人間の競争が成り立つだろうか。社員1人しかいない会社と社員1万人の会社の競争が成り立つだろうか。

現実の社会ではスポーツと違って「同じ土俵」が用意されることはあり得ない。「同じ条件」も「同じルール」も「フェアプレイ」すらもない。

スポーツが成り立つのは、条件・ルール・罰則があるから。
現実の社会に、そんなものは何もない。

上には、どこまでも上がいる


多くの人は金持ちになりたいと願い、そうでなくても100万円でも200万円でも多くの貯金が欲しいと考える。つまり、多くの人は資産獲得のための競争に参加する。

生きるためにはカネが必要であり、カネを得るためには世界中の多くの人と競争になる。

それは、もちろん条件もルールもまったく違う中での競争であり、条件の中で勝敗は一瞬にして決まる。

あなたが日本で働けるというのは運が良かったのかもしれない。もし、あなたがインドの農村に生まれていたら、1ヶ月の賃金は1万円に満たない。

日本人の若い女性は月10万円「しか」もらえずに「食べていけない」と言うが、それでもインドの農村に生まれるよりも10倍も賃金をもらえる。

では、月10万円の日本人の若い女性は資本主義社会の強者なのだろうか。確かにインドの農村の人たちに比べればそうかもしれないが、単純に勝者とは言い難い。

同じ仕事をしている年上の日本人男性が月20万円もらっているとしたら、性別年齢が違っているだけで2倍の差を付けられていることになるからだ。

では、月20万円をもらっている人は勝者なのだろうか。この人は年間240万円だ。いや、ボーナス等をもらったとして年間300万円が確保できているとしよう。

一方で、1億円相当の株式を持っていて、年間3%の配当がもらえる人がいるとする。すると、その人は何もしなくても年300万円の不労所得が手に入る。

一方が必死で働いて手に入れる300万円を、もう一方の人は単に株式を持っているというだけで、遊んでいても300万円が手に入るということになる。

では1億円相当の株式を持っている人は勝者なのだろうか。

いや、世の中には10億円、100億円、1000億円の資産を持っている人たちも大勢いる。上には、どこまでも上がいる。

泥まみれになって働いて1日300円〜400円にしかならない社会もある。


かなりの確率で、それは弱肉強食になる


もしあなたが、100万円くらいの貯金しかなかったとする。

あなたが世の中に出て勝負しようとしたとき、その時点ですでに1億円以上の資産を持つ人に資産運用で叩きのめされることになってしまうだろう。まったく、競争にならない。

競争にならないのは、資産運用だけの話ではない。

たとえば、あなたがたった1人で何かの会社を設立したとする。その時点で、あなたと同じことをしている100人規模の会社があったら、あなたは叩きのめされる可能性がある。まったく、競争にならない。

あなたが誰もしたことのないビジネスを手がけるとする。それが儲かり出すと、あなたの100倍も1000倍も規模も資金もある会社が乗り出してくると、もう勝負にならない。

ボクシングで、幼児と大人が殴り合うような「殺戮ショー」は絶対に開催されることはないが、現実の社会では幼児と大人どころではない途方もない差を持った勝負が行われるのである。

もちろん、小が大に勝つケースもあるが、かなりの確率でそれは弱肉強食になる。最初から勝負にならないし、最初から小は勝つ見込みがない。

地元のレストランは、チェーン・レストランに勝てない。地元の本屋は、大資本の本屋に勝てない。

創意工夫をして、何とか生き残ることはできるかもしれないが、最終的に大資本に勝てる見込みはほとんどない。

大企業がその気になれば、小資本の競争相手など簡単に叩き潰すことができるのである。

多国籍企業の代表であるマクドナルド。
たかがハンバーガー屋だが、時価総額10兆円の超巨大多国籍企業だ。


これからやって来るのは、弱者大虐殺の時代


同じことが多国籍企業と通常企業にも言える。多国籍に展開する企業は往々にして超巨大資本で通常の企業を叩きつぶして独占を欲しいままにする。

いくら優れた製品を出している企業であっても、資本力のある多国籍企業の凡庸な製品が優れた製品を出す企業を叩きつぶしてしまう。

優れた製品を持つ会社が生き残るのではなく、大資本があって他社を叩きつぶせる企業が生き残る。それが、競争の冷徹な一面である。

そういった現実を踏まえて、国家間・企業間で「自由競争」がすべてに取り入れられたらどうなるのか考えて欲しい。

そもそも、企業競争のすべてが自由化されたら、誰が有利なのだろうか。もちろん、大資本を持った大企業、言うならば多国籍企業が圧倒的に有利になる。

地場産業など、完膚なまでに叩き潰される。まったく、勝負にならない。幼児と大人のボクシング以上の常軌を逸した勝負になる。

つまり、「条件」や「ルール」や「罰則」等を完全に撤廃して何でも自由に競争しろというのは、強者が弱者を「合法的に抹殺する」ための仕組みなのである。

どんどん弱者を淘汰することが可能になる。

競争が成り立つのは、一定の条件やルールが守られている時の話だ。そうでないのであれば、すでに勝者である者がますます勝ち、すでに敗者である者は持っているものすらも奪われることになる。

グローバル社会というのは、すべての条件・ルール・罰則を撤廃して、何でもかんでも自由化する動きになるので、勝者と敗者の二極分化はさらに進んでいく。

これから何が起きようとしているのか「読めた」だろうか?

競争が素晴らしいと単純に思っていたら、いつの間にかあなたは自殺に追いやられるかもしれない。これからやって来るのは、そういった弱者大虐殺の時代だ。


継続は、だれも裏切らない 内藤 誼人

なぜ、体育会系出身ほど精神力が強いのか。その理由は、体力があるからである。実は、体力と精神力は密接に関係しているのであって、体力がある人は精神力も強く、体力のない人は精神力もなくて、落ち込みやすく、打たれ弱い傾向があるのだ。

(P102)
http://inbook.jp/serif/146046

http://inbook.jp/book/4569777201

2chの書き込みより

ネットは言いたい放題でクズばっかりとか言う奴いるけど、
人間の本音が聞けるしよっぽどリアルよりは人間的だよな。 
リアルなんて誰も本音なんて言わねーよ。
http://vipsister23.com/archives/2914462.html

脳に悪い7つの習慣 林 成之

1 「興味がない」と物事を避けることが多い
2 「嫌だ」「疲れた」とグチをいう
3 言われたことをコツコツやる
4 常に効率を考えている
5 やりたくないのに、我慢して勉強する
6 スポーツや絵などの趣味がない
7 めったに人をほめない
http://blog.livedoor.jp/manamerit/archives/65237757.html

http://www.amazon.co.jp/%E8%84%B3%E3%81%AB%E6%82%AA%E3%81%847%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%BF%92%E6%85%A3-%E5%B9%BB%E5%86%AC%E8%88%8E%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E3%81%AF-5-1-%E6%88%90%E4%B9%8B/dp/4344981448

人はひとりで死ぬ―「無縁社会」を生きるために (NHK出版新書 338) 著者:島田 裕巳

サラリーマンは子供に仕事を継承せず、子供は親とまったく別の学校というコミュニティで生活する。家で親と一緒にテレビを見たり電話したりするより、ケータイで友人と会話している。このノマド的なコミュニケーションを「世帯」単位でみることは無意味だ。社会のサラリーマン化によって、家庭という究極の中間集団も崩壊しつつあるのだ。

このように会社や地域や家庭などの有縁ネットワークが弱まると、最後に頼るのは自分しかない。新たなコミュニティができるとしても、それは従来の古いネットワークを延命した先にはない。それはたぶん、ひとりひとりが無縁であることを自覚した上で新たに構築するGesellschaftでしかないのだろう。

そして誰もが、最期はひとりで死ぬ。死ぬときは無縁であり、コミュニティなんて幻想にすぎない。人生が幸福だったかどうかは、死ぬとき「あれをやっておきたかった」と思うか、「やりたいことはやった」と思うかではないだろうか。その意味では、もう朽ち果てるしかない日本型の有縁社会を延命することは、人々を不幸にするだけだと思う。
http://agora-web.jp/archives/1165552.html

http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E3%81%AF%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%A7%E6%AD%BB%E3%81%AC%E2%80%95%E3%80%8C%E7%84%A1%E7%B8%81%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E3%80%8D%E3%82%92%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB-%EF%BC%AE%EF%BC%A8%EF%BC%AB%E5%87%BA%E7%89%88%E6%96%B0%E6%9B%B8-338-%E5%B3%B6%E7%94%B0-%E8%A3%95%E5%B7%B3/dp/4140883383%3FSubscriptionId%3DAKIAIM37F4M6SCT5W23Q%26tag%3Dagorabooks0e-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4140883383

ニール・ゲイマンの大晦日のメッセージ

みなさんの新年が、魔法と夢と、善良なる狂気に満たされますように。すばらしい本を読み、すばらしいと思う人にキスをして、それから芸術も忘れないでほしい。執筆したり、描いたり、作ったり、歌ったり、または、あなただけにできる生き方をしてください。そして来年のいつか、あなたが自分自身に驚かれることを期待します。
…あなたにとってすばらしい年になりますように。過激で突飛な夢を見る年であり、これまではあり得なかった何かを実現させる年であり、あなたが愛され慕われる年であり、その見返りとして、人々に誰かを愛し慕うように促す年であり、そしてないより大切なことは(今の世界には、優しさと知恵が欠如していると感じられるので)、ここぞというときには賢く、そして常に優しくいられる年でありますように。
http://makezine.jp/blog/2010/01/neil_gaimans_nye_benediction.html

くたびれ はてこ

人の反応で自分の行動の正邪を判断するのをやめなさい。
http://d.hatena.ne.jp/kutabirehateko/20100424/Conscience

鬼平犯科帳 池波正太郎

死ぬつもりか。それはいけない。
どうしても死にたいのなら、一年後(のち)にしてごらん。
一年も経てば、すべてが変ってくる。
人間にとって時のながれほど強い味方はないものだ。
http://hase0831.hatenablog.jp/entry/2013/12/31/%E9%9B%A2%E5%A9%9A%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B009A497S8/hase083100-22/

ヒクソン・グレイシー

私が日本に抱いていたイメージは、武士道、サムライ、強さ、礼儀、 
そして無敵の男が持つ一分の隙もない精神力、そんなものばかりだった。 
ところが日本に来た私は失望した。 
確かに深い尊敬の心を感じたが、それは強さや精神力ではなく、 
むしろ弱さから生まれるものだったからだ。尊敬の心が感じられても、 
それは他人の人生を邪魔したくないと怖がっているからだったり、 
他人の意見を聞きたくないからだったりする。 
もう少し自分を出し、エネルギーを出しきって生きれば、 
どんなに幸せになれるだろうかと思う。
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4036877.html

い じ め を す る 奴 の 特 徴

仲間を作るのが上手い 
他人の弱点を突付くのが上手い 
集団の中での力関係を見抜くすべに長けている 

…なんか社会に出てから役に立つ能力ばかりだな
http://tannsokuvip.blog54.fc2.com/blog-entry-1716.html

萩尾望都

一頃「人間は幸福になるために生きているんだ」とかっていうフレーズがはやったんですけど、「じゃあ幸福になれなかったら、どうしたらよいのか」と思っていました。そしたらある本で、アウシュビッツに収監された方ですごいシビアなことを書く方が、「人間は幸福になるために生きているのではない、なぜならば、幸福になれなかったら死んでもいいということになってしまうから。幸福になるために生きるのではない。生きることそのものが大事だ」とおっしゃっているんですね。長い人生のスパンに幸福も不幸も愛もいろんなものがつまっていて、らせん状にいろんなものを経験しながら生きているんだろう。そう考えると、生き続けるためにはある程度諦めなくてはならないと思い始めたんです。
http://kenbunden.net/general/archives/2138

開高 健

総じて言うて人生は短い。
だから・・・
ランプの消えぬ間に生を楽しめよ。
と、
アルチュール シュニッツラーという人が言いましたが、
すかさずたくさんの声が
「私ならランプが消えてからにしたいわ。」
と、いう答えが
戻ってきそうであります。



やりたいことをやりなさい。
後で後悔しなさんな。
グラスの縁に唇を付けたらとことん一滴残らず飲み干しなさい。
後で戻ってきても、もう滴は残っていない。
今のうちに飲み尽くしてしまいなさい。
まア、いろいろ修行しなさいや。
http://www.eonet.ne.jp/~kazzbaitkazzbait/kaiko1.htm

文化系トークラジオ Life P

まず主人が5年以上続けていたフェイスブックをやめました。
主人の仕事はウェブディベロッパーなので、そんなギークな人のフェイスブック退会は周りの人を驚かせたようです。
昨年彼の友人がフェイスブックアカウントを残したまま他界し、そのページがRIPの文字で埋め尽くされたのを見て、何か思うところがあったようです。
http://www.tbsradio.jp/life/2012/02/20121_1.html

2013/12/30

三島由紀夫「不道徳教育講座 告白するなかれ」より

やたらに人に弱味をさらけ出す人間のことを私は躊躇なく「無礼者」と呼びます。
それは社会的無礼であって、われわれは自分の弱さをいやがる気持ちから人の長所をみとめるのに、
人も同じように弱いということを証明してくれるのは、無礼千万なのであります。
そればかりではありません。どんなに醜悪であろうと、
自分の真実の姿を告白して、それによって真実の姿をみとめてもらい、
あわよくば真実の姿のままで愛してもらおうなどと考えるのは、
甘い考えで、人生をなめてかかった考えです。
http://anond.hatelabo.jp/touch/20130316000616

もし誰かに複雑なことを言われたら「あなたはロマンチックすぎる」と言いましょう。

http://syger.tumblr.com/

heihachiro 人知れず微笑まん

人間はいつも負の言葉を抱えながら生きています。
しんどいこと、
苦しいこと、
悲しいこと、
いっぱいいっぱいあります。
それを全面否定してしまうと生きていくには困難となります。
事実なのですから、仕方がないです。
しんどい時に、「しんどい」と思い、
苦しい時に、「苦しい」と思い、
悲しい時に、「悲しい」と思う。
思うことさえ、許されないとすればどうでしょうか。
人間は、愚痴やぼやきを言いながら生きるものです。
思うということも、心の中で、自分に伝えているのです。
この自分に伝えることや自分以外の誰かに伝えることは、
「気を発する」ということです。
この「気を発する」には、
1.心の中で、自分に伝えること、
2.ブログ等で活字にすること、
3.自分以外の信頼できる人に伝えること、
があります。
当然のことながら、
1よりも2が、2よりも3のほうが、
より気を発することができると言えるでしょう。

自分の気を外に発することはとても大切なことですね。
http://ameblo.jp/heihachiro/

会社が当たり前のことを宣言し始めたら、その会社の未来は暗い。

http://h.hatena.ne.jp/yellowbell/225693526631050545

世の中には「電話する人」や「誘う人」より、「電話を待ってる人」「誘いを待ってる人」のほうが全然多い。つまり、需給関係的に言って圧倒的に「電話する人」や「誘う人」のほうが有利だぞ。そこに気づくと一気に楽しくなるぞ。

https://twitter.com/daichi/status/88170148107792384

人を愛することを忘れる。そうすると次には、自分の中にも愛する価値があることすら忘れてしまい、自分すら愛さなくなる。 こうして、人間であることを終えてしまう。— 超訳ニーチェの言葉 / フリ-ドリヒ・ヴィルヘルム・ニ-チェ

http://www.amazon.co.jp/%E8%B6%85%E8%A8%B3-%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89-%E7%99%BD%E5%8F%96-%E6%98%A5%E5%BD%A6/dp/488759786X

松本 トナカイ「春について」

「まっちゃんのにおいがすると落ち着くの」
  と妻がいう。
 「ならんで歩いていると、
  風に乗ってまっちゃんのにおいが
  流れてくるの。
  春になってから、
  においがつよくなったよ」  妻は、春が好きだという。
 空気がぼんやりするから好きだという。
 
 むかし会社勤めをしていた頃、
 ちょうど今くらいの季節、
 朝、いつものように家を出た妻は、
 会社へ向かう途中で、
 あまりにも空気があたたかくて
 ぼんやりしていて眠たくて、
 とてもいい気持ちだったから、
 携帯電話を取り出して、
 「今日は休みます」
 と、上司に電話をしたという。
 僕はその話がとても好きで、
 聞くたびにいいなあと思ってしまう。
 
 願わくば僕は、
 妻にとっての春のようになりたいと思う。
 生きていると、いろいろある。
 なんだか、かんだか、いろいろあっても、
 僕がいればとにかく、
 安心して眠れるような、
 そういう存在でありたいと思う。
http://apartment-home.net/column/201204-201205/%E6%98%A5%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

毎日、目の前にある仕事に取り組んでいるだけでは、全体が見渡せなくなってしまう。 日々の仕事に追われ、そのうち疲弊し、自分が何のために働き、何を目標としていたのかがわからなくなってしまう。 このような状況では良い結果は出ない。 人間は、何か明確な目標があるときや何かを目指している時が一番頑張れると思う。 例えば、「自動車が欲しい」と言った物欲でも良いだろう。 私が大切だと思うのは、毎週1時間以上の「考える時間」を作ることだ。 ただ何もせず、じっと考える。 自分が今週何をしたのか、来週は何をするのかを考えながら、自分が掲げている目標を何度も確認する。立ち止まって思考にふけり、自分の考えを常にクリアにしておくことで、やるべきことが明確に見えてくる。

http://lifeclip.org/diary/20131224.html

「チンピラは改心すれば一生懸命真面目に働く」というファンタジーが大衆は大好きで、能率は兎も角として「ワルだったヤツが一生懸命頑張っている姿」を喜ぶ。一方、有能な人間が淡々と能率良く仕事をしても「魂がこもっていない」「体温が感じられない」という訳の分からないコメントが付けられる。

https://twitter.com/Kksga/status/59837709799272448

寝たいときは寝たいだけ寝ればいいし、だらだらしたいときは何もせずにひたすらだらだらしていればいいと思う。やる気がしないときにも無理して頑張って何かをしようとする人がいるけど、そういうときは素直に休めばいいんじゃないかな。日本にはそういう頑張り過ぎな人が多いと感じる。日本の自殺率が高いのはそういう空気のせいじゃないだろうか。死んでまでやらなきゃいけないことなんてない。 何もしないのが偉いってわけじゃないけど、別に何もしなくてもいいと思うのだ。人間のすることなんて所詮やってもやらなくてもいいようなことばっかりだ。ほとんどのことは自分がやらなくても他の誰かがやるし、ほとんどのしたことは数ヶ月か数年も経てば消えてしまう。長く持ってもせいぜい数十年だろう。人類の歴史や宇宙の歴史から見ればほんの一瞬のゴミみたいなものだ。

http://pha.hateblo.jp/entry/20111112/1321068849

「自分に欠けている何かを持っていることに無自覚な他人の発言を勝手に自慢と受け取って激昂する人」

http://togech.jp/2013/09/12/3445

経済を回す一番の方法は、カネを一番使ってくれる人々に金をまわすということだ。 それは誰か。著者も言う通り、”女・小・非・短”、女性、中小企業従業員、非正規従業員、短期雇用者なのである。ところがこの国は「失われた20年」で、まさにその逆”男・大・正、長”、男性、大企業従業員、正規従業員、長期雇用者の既得権をいかに損なわないかという政策をずっと進めてきた。 その結果が、こうである。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51864994.html

この歳になって周りを見て本当に思うんだけど、自分が一人じゃない、という確認をしたいがために人との交流を無理やりはかる人の多さは少し異常だと思う。青春はもう終わったんだ、と認められない大人の多さというか。一人でいることを罪悪だと思い過ぎる人が多過ぎるというか。あまりにもダルい。

https://twitter.com/b2949/status/329280777416224768

- データは情報ではない (Data is not infoamtion) - 情報は知識ではない (Information is not knowledge) - 知識は知恵ではない (Knowledge is not wisdom)

http://d.hatena.ne.jp/drevolution/20090929/1254234199

嫌われがちな奴はたいていしつこい。 しつこさはいい物に使うべきで、人の心が絡むものにつかうべきではない。

http://news4vip.livedoor.biz/archives/51242738.html

衰退するfacebookと「ソーシャルグラフの疲弊」、でTwitterは?

facebookの終わりなどはだいたいネットの文脈を追っていた人なら「当然予想していただろう」話ではありますし、何かが終わるたびに毎度繰り返される同じ話でもあるのですが、一方で「これまでのネット文脈から考えるとすごく異質な存在」に見えてきているものがあります。
Twitterです。
Twitterは一時の新鮮さこそ完全に失っていますし、ユーザーの流動性も非常に低下しているようにみられますが、依然元気で終わりのパターンが見えてきません。
なんというか、WEBの世界の中で確固たる役割を確保してそこにどっしりと座っているような風格が見えてきます。
Twitterが強いポイントとして「構築したソーシャルグラフの疲弊」を防ぐ仕組みが数多く持たれているように感じられます。
・繋がりがfollow/followerで分かれており、「繋がりが増えた」とて「疲れ」につながる疲弊が溜まりにくい
・っていうかそもそもfollow関係は浅い繋がりでしかなく、他サービスに比べれば切りやすい
・followしつつも主要リストを見ていれば義理フォローは切り捨てられる
・疲弊のゲージが一定溜まってしまったらアカウントを1から作り直し、生きた交友関係を再フォローしソーシャルグラフを一新してしまえる

これらの特徴はTwitter初期の初期に多くのブロガーが語ったTwitterの利点ですが、これらの利点がブーム発生から5年が経過した今も強く利していることは、WEBサービスの歴史を眺め続けているネットウォッチャー諸氏も改めて注目し、今一度考えてみるべきポイントであるように思えます。
http://coziest.net/?p=900

就活生が企業を見分けるカンタンな方法が「給与支給日」。

基本的には、
「20日>22日>25日>30日(月末)>翌月5日>翌月10日>翌月15日」
と、給与支給日が早いほど業界の上流(発注側)にいるので、対人ストレスが少ない可能性が高いデス。

給与支払日でわかる優良企業の見分け方

http://togetter.com/li/605612

人たらしになるコツ30箇条

・まずは、褒める。
・興味を持って、質問する。
・嘘をつくときは、相手が気持ち良くなる嘘をつく。
・ハッタリを利かせるためには、自分に対する自信も必要。
・ロジカル一辺倒だけは、人間はなかなか動かない。人の情感的な部分をくすぐること。
・相手と別れるときのタイミングは、会話が一番盛り上がったときが良い。相手があなたに、また会いたくなる。
・アイデアをもらったり、人を紹介されたりした場合は、対価(お金、情報)で感謝の心を示すこと。
・ひたすら話を聞くことが、年上の人に可愛がられる秘訣。否定や意見は望んではいない。
・ちょっとした小さな愛でも、誰かの1日を少しだけ幸せにしてあげることができるもの。
・最初に大切なのは外見。いきなり中身は見えない。
・自分には何の取り柄もない、人から愛される要素なんてない…と思っている人ほど、優しくされるのに弱い。
・人は自分と共通点があって、且つ、個性的な人を好きになる。
・その人に対する評価は、かなり早い段階で決まる。最初の1,2ヶ月が勝負。
・一方的に押し付けられるのは、嫌なもの。
・他人の価値観というのは、基本的に変えることはできない。
・もし、説得したいのであれば、相手の価値観に配慮して相手の土壌で口説くこと。
・上から目線は、絶対にやってはいけない。
・人から押しつけられた意見より、自分で思いついた意見のほうを大切にするもの。つまり、結論は相手に出させるようにしよう。
・相手が怒ったときには、口を挟んではいけない。全部聞き終ったあとで、相手が望んでいることを聞こう。
・あいさつは、自分からしよう。
・相手に重要感をもたせることが、つまらない論争を避ける秘訣。
・自分にとって相手がかけがえのない存在だ、ということを上手く悟らせよう。
・コミュニケーションが好きな人ほど、自分と同じ意見の人を常に探しているもの。
・愚痴をこぼす人には、「でも、その中で頑張っているね」と褒めてあげよう。
・自分が悪いと思ったら、すぐに謝ろう。
・相手の長所を見つける癖をつければ、人間嫌いにはならない。
・陰口は、あなたの評価を下げる。
・約束の時間は守ろう。
・あなたの笑顔は、あなたが思う以上の価値がある。
・ありがとう、という気持ちを行動や態度で表そう。
http://anond.hatelabo.jp/20110622150551

友達、5分前 ガメ・オベール

友達とは奇妙なものだと思う。
義理叔父の最も仲の良い友達は中学の1年から大学を卒業するまでヒマさえあれば、ほぼまる一日べったりくっついて生活していたという新聞記者の友達だが、このひとがニューヨークにいた義理叔父に手紙を送ってきたことがあった。
「こんな会社では新聞記者などやっていられないのでおれは会社をやめて蕎麦屋をやることにした」と書いてある。
義理叔父は、まだインターネットがなかった頃なので「ヤメルナ」と電報(!)を打つと、もう何年も会っていない友達に会いにいちばん早い便のユナイテッドで日本にでかけた。
待ち合わせた神戸で、ホテルに隣りあった部屋をとって、交代で煙草をふかしながら、吸い殻でたちまち山盛りになった灰皿が載ったテーブルをはさんで、ほとんど黙って向かい合っていた。
ときどきどちらからともなく「腹減ったな」と述べて外に出て食事に行くだけなので、なんとも手持ち無沙汰で、仕方がないのでレンタカーを借りて、中年のおっさんがふたりで、奈良まで出かけたそうである(^^;)
4日間、そうやって、無言を無言で塗り込めたような毎日を過ごして、帰り際に
「会社、やめるの、やめたよ」
「あたりまえだ」という会話を交わして、おぼえている会話はたったそれだけだった。

「日本まで行く必要なかったんじゃないの?」と、わしが訊くと、
「バカだな、ガメ、あいつがおれに手紙だすなんて異常な事態に行かないわけにはいかないじゃないか」という。
「第一、あいつがおれのニューヨークの住所を後生大事に5年間もおぼえていたのを知ったときには心臓がとまるかとおもったぜ。そういう奴じゃないんだよ。よっぽど会社でくやしいことがあったんだろう」
と述べる義理叔父の目には涙が浮かんでいたのをおぼえている。
念のために訊ねてみると、それからまた10年近く会っていないそうで、どこまでもヘンな人たちであると思う。
http://gamayauber1001.wordpress.com/2013/12/29/%E5%8F%8B%E9%81%94%E3%80%815%E5%88%86%E5%89%8D/

ともだちはてな - ぼくはまちちゃん!

友達の多い人って何が違うんだろうね!
なぜ人は、その人のことを友達と思うんだろう!
そうなるためには、どうすればいいのか、ぼくなりに考えてみたよ!
たぶん、多くの人は、少なからず「自分を認めてほしい」と思ってるんだよ!
素晴らしい業績を残して尊敬されたい、とか
着飾ったりダイエットして、わーきれいって言われたい、とか
ちょっとしたギャグをとばして、笑わせたい、とかね…!
だけどそれって、褒めてくれる人がいるから成り立つんだよね!
あるいはギャグやジョークなら、大笑いしてくれるひととか。
だから人は、自分を褒めてくれる人に寄っていくよ。
そして自分のした業績を「ちゃんと理解して褒めてくれる人」っていうのは
褒められたい人にとって、すごく貴重な存在なんだ!
そう!ひとから「友」として認められることの多いひとっていうのは、
逆に人を認めてあげることのできる人なんだよ!!!
アイドルじゃなくて、ファンになれる人!
だからまずは、
他人の業績やら容姿やら性格やら作品やらギャグやらなんでも、
良い部分があれば「いいね!」って言えるクセをつけるといいと思う!
人に興味がなくても、人の行動や言葉や作品に「悪くない」って思う瞬間があるはずだよ!
さらに、他の人にも「xxxのzzzはとても良い」なんて教えてあげられると、なおいいね!
だって例えば、自分のことを人に紹介してもらうときに、
「彼のxxxxの実力はすごいんだよ。この前なんてこんなことがあったんだ」
みたいにエピソード入りで語られたりしたら、結構うれしくなっちゃうじゃん!照れるけど!!

あ、そうそう、他人の評価を上げることは、
決してきみの評価を下げることにはならないよ!
むしろきみ自身の評価を上げることになるんだ
http://d.hatena.ne.jp/Hamachiya2/20060217/1140150379

前田夕暮

孤独の寂しさが人間の心を静かに燃やしてくれる。

都築響一・玉袋筋太郎 『独居老人スタイル』を語る

(玉袋・小林)独居老人スタイル。

(小林悠)どんな本ですか?

(都築響一)これはいま、独居老人って日本語でいちばん悲しい響きを持つものだと思うんですよ。『見守らなきゃ』とかいろいろね。だけど、僕がいままで取材で出会った独居老人の人、めちゃめちゃ元気なんですよ。みんなね。

(小林悠)おいくつぐらいなんですか?だいたい。

(都築響一)70代から90代ぐらいですけど。

(小林悠)90代で一人暮らしの方、いらっしゃるんですか?

(都築響一)全員一人暮らしで。好きこのんで一人暮らしをしていて。収入はぜんぜん無いと。無いっていうかみなさん本当に慎ましいっていうか、むしろ貧乏みたいな暮らしなんだけど、ストレスもないんですよ。

(玉袋筋太郎)あー、それはいいな。

(都築響一)いま老人の自殺とかね、結構問題になってますけど。老人の自殺でいちばん多いのって、三世帯同居なんですよ。

(小林悠)なんでまた?

(都築響一)いちばん少ないのが独居なんですよ。要はやっぱりどんな上手くいってデカい家作って、だけど嫁と上手くいかないとか。孫の世話ばっかりさせられるとか、そういうプレッシャーとストレスの方がはるかに老人を鬱に追い込むんだよね。だからお金もないけど、別にぜんぜんね。気楽に一人暮らしで好きなもん食べて、好きなことだけやっているっていう老人の方がはるかにね、ストレスないんで。ストレスがね、人を追い込むんで。やっぱり。

(玉袋筋太郎)なるほどー。たくさん登場しますよ。独居老人が。秋山◯◯さん。

(都築響一)汚部屋に住んでますけどね。

(玉袋筋太郎)スナックママさんとかね。

(小林悠)これは一般の方?

(都築響一)一般の方ですよ。全員一般の方で。70代から90代。まあ60代もいますけど。本当にみなさん、お金はなくても楽しい暮らしをしていて。たとえば息子や娘がいて、『早くお父さん、一緒に暮らしなよ』とかお母さんを呼ぶみたいなのあるけど、断ってますもんね。みんなね。

(小林悠)へー!かっこいいな。

(都築響一)1人の方がいいんだっていうね。

(小林悠)それ、お部屋の中とかの写真も出てるんですか?

(都築響一)出てますよ。

(玉袋筋太郎)出た。プッチャリンだって。道化師。

(小林悠)チャップリンさんじゃなくて、プッチャリンさん。

(都築響一)この人、浅草では有名な人ですね。いつも浅草の街をチンドン屋みたいな格好して流して。チャップリンの格好して。本当、商店街をウロウロしながら、たのまれてないのに、『ここのおかきは最高です!』みたいな自主宣伝をしてる人で。

(玉袋筋太郎)いい話だよ!あと、この流しのシンタロウさんね。有名ですよ。

(都築響一)この人も慎ましい暮らしをされてるんですけど。毎晩必ず、どんな日でも荒木町に流しに出て。自分で歌ったり、僕たち歌わしてくれたりね。めちゃくちゃな人生経験を持っている人だし。

(玉袋筋太郎)これはコクがありますねー!いい出汁、でてますよ。また独居老人に目をつけるところがまた。都築さん、すごいなー!

(都築響一)でもほら、みんな何とか独居になりたくないから、無理やりなんとかするとかね。仲間はずれになりたくないから、60過ぎて定年になってるのにまたゲートボールでイチから出直しみたいなの、あるじゃないですか(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)。ありますね。

(都築響一)あんまり興味のない囲碁とかやってみるとかね。そういうのってよくないと思うんだよね。僕が取材している人たちって、お金もないけどストレスもない。あと、とりあえず50年ぐらい人の言うことを聞いたことがないと。

(小林悠)えーっ!?

(玉袋筋太郎)そうでしょうね。

(都築響一)ということは、だからそのかわり友達もいないんですよ。でも、友達なんて1人か2人いればいいんですよ。

(玉袋筋太郎)本当、そうなんですよね。十分ですよね。

(都築響一)人間関係を充実させなきゃとかさ、なんかいろいろ言ってるのはさ、もう嘘だよね。全部。

(玉袋筋太郎)幻想です。

(都築響一)そうですよ。

(小林悠)心強い。こういう生き方を提示してもらえると。
http://miyearnzzlabo.com/archives/17078

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448087870X/miyearnswwewe-22/ref=nosim/

飲み会でイラッとする人の特徴

1位:自慢話ばかり 51.8%
2位:説教してくる 48.0%
3位:無理矢理飲ませようとする 47.4%
4位:ずっとスマホ・携帯電話をいじっている 42.0%
5位:泥酔する 40.6%
6位:お会計の際にトイレに立ち、支払わない 33.4%
7位:一部の人達だけで盛り上がる 32.1%
8位:ネガティブな話題ばかり 30.8%
9位:人一倍飲み食いするのにきっちり割り勘 17.8%
10位:とにかくノリが悪い 17.4%
http://www.rbbtoday.com/article/2013/12/29/115468.htm

http://news4vip.livedoor.biz/archives/51986249.html

UEI社長 清水亮の日記

ベンチャーや。兵どもが夢の跡。僕が学生ベンチャーを応援しない理由


会社にはピンチがやってくる。これはどんな会社でもそうだ。
 創業後、1年、2年、3年、次に5年、8年、10年。こんな間隔でピンチがやってくる。

 創業後一年のピンチはサラリーマン時代の人脈で乗り切ることが出来た。会社をつくったときはまだ27歳だったので、「若いね」とちやほやしてくれる人も多かったが、そういう人ほど仕事をくれないのだった。けど人を紹介してくれて、小さな仕事をいくつかもらった。

 「若いね」というのは経営者にとって褒め言葉でもなんでもない。
 「若いから、安く買いたたくぞ」ということなのである。「若いから、リスクがあるんだろう?」ということでもある。

 若く見られるのを嫌って、シリコンバレーではみんなヒゲを生やしている。
 創業二年目のピンチは、仕事をやっても回収を忘れているということだった。それと、振込みミスで会社の現金がごっそりなくなった事件もあった。そのときもまた友達に頼って仕事をなんとか回してもらって凌いだ。

 創業三年になると、今度はもう友達が頼れなくなる。友達関係で稼げる仕事というのは、せいぜい数千万円が限界で、友達というのは予め関係性を作っておかなければ仕事をくれるような関係にならないのである。ここが本当の正念場で僕たちは初めて「知らない人と取引をする」ということを覚えなければならなくなっていた。また、組織も拡大し、大きな組織になってからの問題とも戦わなければならなくなる。

 創業五年を超えると、組織は安定してくるが、人が増えたことによる間接費の肥大化や、人材育成といった問題が立ちはだかる。組織に定着してもらうためには将来のビジョンが描けなければならない。社員が結婚して子供を産んでなお安心して暮らせるような安定性を提供しなければならないわけで、これには非常に苦労した。

 創業五年で、50%の会社は倒産する。この危機はなんとか乗り切った。
 事業のサイクルはだいたい3~5年であり、5年経つと事業の構造はガラリと変わる。つまり3~5年ごとに新しい事業を創りだして時代に適応していかなければならない。
 五年で倒産する会社というのは、事業サイクルの切り替えがうまくできなかった会社である。
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20121221/1356061925